去る1月24日におこなわれて好評だった「イランのスピリチュアルケア」(ルーホッラー・ムサヴィザーデ博士講演)の第2回を、2022年3月8日(火)夜の18時より予定しています。詳細は、後日、告知致します。
上記の第二回講演を調整していましたが、諸事情により見送らざるを得なくなりました。2022年度に再度実施の可能性を模索致します。ご容赦ください。
チャプレンとは、人間の苦しみや痛みを、傾聴して解きほぐす人。もともとは病院や学校や軍隊などの施設に所属する(キリスト教の)牧師を意味していましたが、現在ではキリスト教の枠を超え、仏教やイスラーム、その他の諸宗教のチャプレンがいます。 チャプレン研究会は、チャプレンの思想、実践、方法論を、歴史的、実践的に研究することを目指す集まりです。2021年に、諸宗教(あるいは無宗教)のチャプレンをお呼びし、お話を聞くことからスタートしました。 上智大学の葛西賢太がまとめ役をしております。
去る1月24日におこなわれて好評だった「イランのスピリチュアルケア」(ルーホッラー・ムサヴィザーデ博士講演)の第2回を、2022年3月8日(火)夜の18時より予定しています。詳細は、後日、告知致します。
上記の第二回講演を調整していましたが、諸事情により見送らざるを得なくなりました。2022年度に再度実施の可能性を模索致します。ご容赦ください。
チャプレンは、表に現れにくい個人的な困難に関わる専門職であり、社会の歪みが表出する場所であり、そのチャプレンの活動の研究は、ジェンダー研究と重なる課題をもっている。この研究会では、イスラームにおけるチャプレン(ムスリム・チャプレン)の活動の実際について、米国のムスリム・チャプレンのひとりであり、またハートフォード国際宗教平和大学にて養成教育にも携わっているビラール・アンサーリ博士に話を聞いた。
ビラール博士は、米国におけるチャプレンの理念が、合衆国憲法修正第一条にある、国教制定の禁止と信教の自由の保障という規定に遡ることから話を始めた。信教の自由とは、(日本で多くみられる「宗教を強制されない自由」という理解とは異なり)、さまざまな環境にあっても宗教を実践する自由を保障する、という理念である。
ムスリム/ムスリマの場合、当初からイスラームに対する偏見が根強く存在しているうえに、ニューヨークでの同時多発テロ事件の影響で、しばしば迫害や嫌がらせを経験していた。この理念が不全であったわけである。刑務所でも顕著で、金曜日の礼拝参加が認められなかったり、女性の入所者が男性によって身体検査されたりというかたちで、ムスリム/ムスリマの人権は軽んじられていた。ムスリム・チャプレンにとっては、同胞ムスリムの困難対応を支援するうえでは、人権擁護(advocacy)という仕事が重要になった(このあたりはキリスト教のチャプレンと少し違うところでもある)。ムスリム・チャプレンの粘り強い努力がじょじょに実を結び、上記のような問題はすこしずつあらためられていった。
イスラームは日常生活の中のさまざまな決まりごとを保って好ましい生活を送ることを重視するが、ままならないことに直面したとき、どのようにしたらよいか。その助言をするのが、クルアーン(コーラン)やイスラーム法について膨大な知識を身にそなえたウラマー(イスラーム法学者)である。イスラーム法で好ましいとされるようにならない、あるいはできないばあい、どうしたらよいか。社会のさまざまな課題に対してウラマーの発信する法解釈(ファトワ)が重要な所以である。ところが、現代社会においては、伝統的な解釈には当てはまらない新しい問題や、移民として暮らすムスリム/ムスリマが経験する個別の問題など、対応しきれないことが多くなってきた。このウラマーがカバーできない私的な領域の諸課題を支えるのがチャプレンといえる。また、いうまでもなく、イスラームはその当初から弱者保護・相互扶助の理念をもっているが、その現代的現場的な再解釈もチャプレンに求められるようになっているようだ。
講演では、チャプレンのこのような私的領域での活動の具体例をいくつか挙げつつ、現代的私的課題で伝統的な解釈に満足しないムスリム/ムスリマたちの集う「サードスペース」、また、米国でのムスリム・チャプレン養成機関としてのハートフォード国際宗教平和大学(もとハートフォード神学校)の位置づけ、コロナ禍におけるムスリムの精神的苦境の経験などについての話題もあった。
日本時間との時差ゆえに、ビラール博士は早朝から講演をすることになる。細谷先生と葛西は、「ムスリムのビラール先生は早朝も礼拝するから早起きも大丈夫に違いない」とこの時間の講演を依頼したところ、快く受けて下さり、「せっかくだから”sunrise”セミナーという別名をつけちゃおう」という提案までされた。ほがらかで親しみやすい雰囲気で語り通された講演は、イスラームについてまったく知らなかった日本のチャプレン聴衆にも、強い印象を与えたようだ。
司会の葛西は、過去にハートフォード神学校でつたない講義をしたことがあり、その折に、ムスリム・チャプレン養成プログラムの存在を聞いて驚いた記憶がある。白い美しいこじんまりした校舎に、精力的な教員と熱意のある学生がいて、すてきな学びの環境であると感じた。当時、ビラール博士にはまったく接点がなかった。今回のご縁を広げていければよいなと思っている。
本研究会はZoom Meetingを用いたオンライン会議の形をとったが、この種の学術的な会議の中で、Zoomの通訳機能を用いるという試みもした。一つのミーティングに二つの音声回線を用意することで、英語で直接聴くこともできるし、通訳を介して日本語で聴くこともできるしくみである。通訳には司会から原稿や専門用語などの情報提供をしたが、配付資料もスライドもない口頭の講演であり、宗教用語などの通訳には苦労があったと想像される。今後は、原稿ではなくても簡単なメモ程度の共有をしてもらうことで、通訳作業の支援と質の向上を図りたい。なお、この通訳機能のしくみから、録音がビラール博士の英語音声と司会者の日本語音声のみの録音になっていたため、書き起こしも、博士は英語、司会者や質問(の大半)は日本語、という形になっている。なお、書き起こしには、葛西の説明できる範囲で、宗教用語やチャプレン用語に訳注をつけた。読者の参考になれば幸いである。
開催のみならず、事前準備や動員、zoom操作のバックアップや試運転参加、アラビア語の用語確認等、IG科研の皆様のお力添えをいただいた。このような「学際的」な試みを実現させていただいたことを、改めて御礼申し上げる。
概要
チャプレン研究会 Zoom ”sunrize” セミナー:米国におけるムスリム・チャプレン——差違をさぐり信仰を深める——
日 時:2021年11月25日(木)20:00~22:00
講 師:ビラール・アンサーリ博士(ハートフォード国際宗教平和大学、イスラーム・チャプレン・プログラム主任)司会・登壇者:細谷 幸子(国際医療福祉大学成田看護学部教授)、葛西 賢太(上智大学グリーフケア研究所准教授)
<イランのスピリチュアルケア>
イスファハン緩和ケアチームにおける実践と
スピリチュアルケア実践者養成について
*ペルシャ語−日本語の逐次通訳が入ります。
https://forms.gle/
上記フォームの記入内容を確認後、前日の1月23日(日)中に、
Sophie Gilliat-Ray, Mansur Ali and Stephen Pattison, Understanding
Muslim Chaplaincy (AHRC/ESRC Religion and Society Series), 2016,
Routledge. (First published by Ashgate Publishing in 2013)を読みます。(読書会自体は日本語です)
2022年1月9日、イスラーム・ジェンダー科研の「巣ごもり読書会」の一環として、オンラインで行います。詳細は、案内ページをご覧ください。前日、1月8日までに、事前申し込みが必要です。
株本千鶴先生「韓国のホスピス・緩和ケア-政策・実践と医療者の認識-」
2021年12月12日(日)、13-16時 オンライン開催
日本にもっとも近く、歴史的にも交流を重ねながらも、文化や宗教、そして諸制度が異なっている、隣国・韓国。韓国のホスピス・緩和ケアに関する制度・政策や文化宗教的な背景、非医療的なケアなどについてお聞きする貴重な機会となります。非医療的なケアや宗教的ケアについても、フィールドワークでの経験を共有くださる予定です。
*参考:
・株本千鶴『ホスピスで死にゆくということ:日韓比較からみる医療化現象』東京大学出版会、2017年。
・株本千鶴「海外事情レポート1 韓国のホスピス・緩和ケア」(2021.1)『緩和ケア』31(1)、pp.82~85.
・株本千鶴「韓国のホスピス・緩和ケア政策―発展・変容・課題」(2020.6)『週刊社会保障』No.3077、pp.42~47
12月9日(木)24時までにお申し込みください。
お申し込み内容を、主催者が確認・検討させて頂いた後に、
前々日の12月10日金曜日に、接続情報を送付します。
2021年11月25日(木)20時、研究会(ハートフォード神学校、ビラール・アンサーリ先生講演「米国におけるムスリムチャプレン:差違をさぐり信仰を深める」日本語通訳あり) を行いました。
上記講演は、イスラーム・ジェンダー科研のご協力をいただいて実現しました。
上智大学ソフィアシンポジウム 欧州のムスリムチャプレンの意義--宗教と民族を超えるエンパワメントから学ぶ Why Muslim chaplaincy matters?: Lessons from their empowerment beyond religious/ethn...