2022年1月17日月曜日

2021年11月25日、ビラール・アンサーリ博士の講演の概要報告

 チャプレンとは、病院や学校、軍隊や刑務所、企業やさまざまな団体にいて、困難に直面した人(どんな宗教をもつ人であろうと無宗教者であろうと)の話を聴き、自身の宗教を強制・伝道することなく、問題の解決あるいは受容や対応を支援する宗教専門職である。キリスト教の神学校で、神学研究や教会での活動だけでなく、困難に直面している人から学び、そのような人のところを訪問していくよう導く運動が起こった。この理念を体現したのが、チャプレンであるが、それが他宗教や無宗教にも広がった。

 チャプレンは、表に現れにくい個人的な困難に関わる専門職であり、社会の歪みが表出する場所であり、そのチャプレンの活動の研究は、ジェンダー研究と重なる課題をもっている。この研究会では、イスラームにおけるチャプレン(ムスリム・チャプレン)の活動の実際について、米国のムスリム・チャプレンのひとりであり、またハートフォード国際宗教平和大学にて養成教育にも携わっているビラール・アンサーリ博士に話を聞いた。

 ビラール博士は、米国におけるチャプレンの理念が、合衆国憲法修正第一条にある、国教制定の禁止と信教の自由の保障という規定に遡ることから話を始めた。信教の自由とは、(日本で多くみられる「宗教を強制されない自由」という理解とは異なり)、さまざまな環境にあっても宗教を実践する自由を保障する、という理念である。

 ムスリム/ムスリマの場合、当初からイスラームに対する偏見が根強く存在しているうえに、ニューヨークでの同時多発テロ事件の影響で、しばしば迫害や嫌がらせを経験していた。この理念が不全であったわけである。刑務所でも顕著で、金曜日の礼拝参加が認められなかったり、女性の入所者が男性によって身体検査されたりというかたちで、ムスリム/ムスリマの人権は軽んじられていた。ムスリム・チャプレンにとっては、同胞ムスリムの困難対応を支援するうえでは、人権擁護(advocacy)という仕事が重要になった(このあたりはキリスト教のチャプレンと少し違うところでもある)。ムスリム・チャプレンの粘り強い努力がじょじょに実を結び、上記のような問題はすこしずつあらためられていった。

 イスラームは日常生活の中のさまざまな決まりごとを保って好ましい生活を送ることを重視するが、ままならないことに直面したとき、どのようにしたらよいか。その助言をするのが、クルアーン(コーラン)やイスラーム法について膨大な知識を身にそなえたウラマー(イスラーム法学者)である。イスラーム法で好ましいとされるようにならない、あるいはできないばあい、どうしたらよいか。社会のさまざまな課題に対してウラマーの発信する法解釈(ファトワ)が重要な所以である。ところが、現代社会においては、伝統的な解釈には当てはまらない新しい問題や、移民として暮らすムスリム/ムスリマが経験する個別の問題など、対応しきれないことが多くなってきた。このウラマーがカバーできない私的な領域の諸課題を支えるのがチャプレンといえる。また、いうまでもなく、イスラームはその当初から弱者保護・相互扶助の理念をもっているが、その現代的現場的な再解釈もチャプレンに求められるようになっているようだ。

 講演では、チャプレンのこのような私的領域での活動の具体例をいくつか挙げつつ、現代的私的課題で伝統的な解釈に満足しないムスリム/ムスリマたちの集う「サードスペース」、また、米国でのムスリム・チャプレン養成機関としてのハートフォード国際宗教平和大学(もとハートフォード神学校)の位置づけ、コロナ禍におけるムスリムの精神的苦境の経験などについての話題もあった。

 

 日本時間との時差ゆえに、ビラール博士は早朝から講演をすることになる。細谷先生と葛西は、「ムスリムのビラール先生は早朝も礼拝するから早起きも大丈夫に違いない」とこの時間の講演を依頼したところ、快く受けて下さり、「せっかくだから”sunrise”セミナーという別名をつけちゃおう」という提案までされた。ほがらかで親しみやすい雰囲気で語り通された講演は、イスラームについてまったく知らなかった日本のチャプレン聴衆にも、強い印象を与えたようだ。

 司会の葛西は、過去にハートフォード神学校でつたない講義をしたことがあり、その折に、ムスリム・チャプレン養成プログラムの存在を聞いて驚いた記憶がある。白い美しいこじんまりした校舎に、精力的な教員と熱意のある学生がいて、すてきな学びの環境であると感じた。当時、ビラール博士にはまったく接点がなかった。今回のご縁を広げていければよいなと思っている。

 

 本研究会はZoom Meetingを用いたオンライン会議の形をとったが、この種の学術的な会議の中で、Zoomの通訳機能を用いるという試みもした。一つのミーティングに二つの音声回線を用意することで、英語で直接聴くこともできるし、通訳を介して日本語で聴くこともできるしくみである。通訳には司会から原稿や専門用語などの情報提供をしたが、配付資料もスライドもない口頭の講演であり、宗教用語などの通訳には苦労があったと想像される。今後は、原稿ではなくても簡単なメモ程度の共有をしてもらうことで、通訳作業の支援と質の向上を図りたい。なお、この通訳機能のしくみから、録音がビラール博士の英語音声と司会者の日本語音声のみの録音になっていたため、書き起こしも、博士は英語、司会者や質問(の大半)は日本語、という形になっている。なお、書き起こしには、葛西の説明できる範囲で、宗教用語やチャプレン用語に訳注をつけた。読者の参考になれば幸いである。

 開催のみならず、事前準備や動員、zoom操作のバックアップや試運転参加、アラビア語の用語確認等、IG科研の皆様のお力添えをいただいた。このような「学際的」な試みを実現させていただいたことを、改めて御礼申し上げる。


概要

チャプレン研究会 Zoom ”sunrize” セミナー:米国におけるムスリム・チャプレン——差違をさぐり信仰を深める——

 時:20211125日(木)20:0022:00

講  師:ビラール・アンサーリ博士(ハートフォード国際宗教平和大学、イスラーム・チャプレン・プログラム主任)

司会・登壇者:細谷 幸子(国際医療福祉大学成田看護学部教授)、葛西 賢太(上智大学グリーフケア研究所准教授)

 

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